2007年10月21日日曜日

NHK日本のこれから「どうする?私たちの主食」について

全体的には、一人の意味不明な発言を除けば、夫々の賛成反対に関わらず、「何とかしなければいけない」という危機感を持っているように感じられました。 その方法の考え方によって、賛成反対は分かれていたように思いますが、「総ての人が、日本の農業が無くなってしまう事のないように、何らかの方法で農業の再活性化を図って欲しい」と願っていることを感じたような気がして、心強く思いました。
そのような観点で、過去30年間を振り返って(多分その前も同じだったのでしょうが)みると、「ビジョンの欠如した農政」こそが最大の問題であったし、今も問題なのではないでしょうか? 農家の疲弊、満蒙開拓、大東亜戦争への突入にしても、やはり根底には農業政策の失敗があったと信じている私には、「何の反省もなく、同じ付焼刃的な事を繰り返している、農政こそが最大の問題」だと思われてなりません。
輸入食料についての考え方も、輸出国は経済合理性のみで日本向け米を生産していることを考えれば、いつまで日本がこの経済優位性を保てるのか疑問です。 中国を考えれば、経済成長率は毎年8%で既にGDPは日本を超えていますし、日本人の所得を超えている人たちが日本人と同じくらいいることを考えれば、黒竜江省のコメが日本に向かわなくなるのは時間の問題かもしれません。  カリフォルニアについても、オーストラリアについても同じことが言えますし、この二つの国は水の供給から言えば、米の生産は必ずしも経済合理性が高いとは言えない国々でもあります。 輸入食料を考える場合には、そのような輸出国としての視点で日本を見ることも必要ではなかったかと思います。
政府の助成金政策が、ばら撒きの結果で終わったことを北海道の100町部農家がいみじくも示していました。 北海道空知地区の水田規模は非常に大きく、また天候にも左右され易いのですが、最初から水稲を作っていたら貰えない転作奨励金が、水稲から北海道農業の本来の姿である大豆等に転換することにより貰えるし、その基準が本州をベースに作られている助成金システムでは、それだけでぼろ儲けする農家が出てきてしまします。 申し訳ありませんが、私の知っている限り、北海道でも、空知地区の水稲農家の評価が必ずしも好ましいものではない事を、私自身体験しています。

いくつかの問題点が残されていたと思いますが、幾つかの素晴らしい解決可能問題の指摘もあったように思います。 
  朝食のご飯問題:確かに和食にしようとすると時間がかかる。 しかし、これは食品産業に新たなビジネスチャンスを与える指摘でもあった。 (10分で出来る朝食パックが、適当な価格で提供されたら?)
  助成金・補助金の問題:地域の状況を考えずに、面積当たり一律には問題があることははっきりしている。 今後、このような視点が加味されることが必要。
  大規模化の問題: 大規模化が可能なのは平坦地だけで、多分水田全体の三分の一程度でしょうから、大規模化によって生き残れる農業と、そうではない農業とをわけて考え、夫々に対策を考える必要がある。
  地産地消:流通コストにメスが入れらていない以上、非常に有意義な方法で、多くの地域すぐに適用できる方法だと思いました。 例えば、米でも、玄米貯蔵で、注文の度に精米して配達すれば、味覚的にはかなり改善されるでしょうし、地産地消であればそれは十分可能なのではないでしょうか。
  農業の役割:合意されるような明確な物がなかったように思います。 やはり、国民が全体として合意できるような日本の農業の役割を明確にすることが必要ではないでしょうか? ただ、地域文化を守るため、とか、米食は健康に良いとか、情緒的な話で終始してもらっては困りますが、、、。 環境保全についても、「緑を守る」といった、情緒的な話も説得力があるとは思えません。 また、農産物の工業原料的側面について何ら言及されていなかったのは、国内の生産が高コストで箸にも棒にもかからない状態だとの先入観からでしょうか? 工業原料としての農産物の視点は、食料の供給に苦労してきた歴史を持つ日本人にとっては、些か捉えにくいのかもしれませんが、先進国がそのように動いている以上、わが国だけが無関係ではいられませんので、早くそのような視点の議論もされるべきです。

議論全体から受けた印象をベースに私なりに、今後どうするべきかを考えてみると;
 1)国として、日本の農業の役割を明確にし、国民のコンセンサスを取る。
 2)そのコンセンサスに基づき、必要な政策を農水省が打ち出し、国会承認のもとに実施する。
 3)平坦地の農地と、中山間地の農地は自ずと役割も違うので、その政策には差があることを国民、農家が納得をし、受け入れる必要がある。

ということに尽きるのではないでしょうか。

「故郷納税」等という個々人の善意に頼るのではなく、合理的な計算根拠の元に、地方に税金が配分されれば、誰も文句は言わないのではないでしょうか? 例えば、都市部でのCO2排出は、地方での農地、林地で吸収されているわけですから、市町村毎の二酸化炭素排出量を計算して、日本の平均値より多いところから、少ない所へ配分されるようにすることに文句を言う人はいないのでは? 勿論、その上で更に夫々が努力する必要はありますが、都市部は「少しでも払わなくて済むようにする」ためであり、地方は「少しでも多く貰うため」ですが、そのような競争が始まれば、環境対策は大幅にその進捗が早まるのではないでしょうか?  また、大企業についても、外国から排出権を全量買うのではなく、30%は国内から購入しなければならないような規制をかけることにより、更に環境対策の促進を促すことになると思います。 そして、そのような資金源を得た地方が、農地や森林の保全に資金を供給することにより、地域の活性化と国土保全がなされることこそが、21世紀の日本のあるべき姿ではないでしょうか?

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