2008年8月26日火曜日

中国に食料を依存することの問題

といっても残留農薬とかの問題ではありません。 純粋な需給と生産を考えた場合に、将来の日本の食料価格に致命的な影響を与える可能性について考えてみます。
 1)何故中国の農業生産に依存するのか?
   労働コストが安いので、国内で生産するよりはるかに安いコストで生産でき、輸送費を含めても利ざやが大きい。
   気候風土から、日本で必要とする農作物はほとんど生産できる。
   ーー>流通業者にとっては、利ざやの最も大きい調達場所である。

 2)この状態(価格の優位性)は将来にわたっても維持できるのか?
   GDPの成長率からGrossで見れば、価格優位性は数十年で消失する。(但し、所得格差が大きいので、更に内陸部に行けば、労働賃金からは、維持できるが輸送や管理コストが増大する)。
   中国の農業生産は、人口の多さから機械化されておらず、個々には小規模(雇用の問題と、設備投資コストの問題)だが、これを集約する企業や個人が居て、外観上は大規模経営に見える(生産性は低い)。
   日本の高度成長期と同様、基盤整備、農道の整備ー>工業用地化が条件の良い所から進んでおり、効率の良い農地面積は縮小している(生産量の減少)。 都市並みの収入を求める農民が居る以上、この流れを止めることは出来ず、この先も、優良農地は減少して行く。
   黄河に水源を依存する河南、河北などの地域は、工業化による水質汚染と水の生活水・工業用水との需要競合から、十二分な水源を確保できる状態にはない。
   中国の生活レベルの向上に伴い、野菜類の国内需要が増え、価格も上がって行けば、輸出するメリットは相殺されてしまい、リスクをとってまで輸出するメリットはなくなる。
   ーー>中国国内需要の高まり、耕地面積の減少、日本との価格差の縮小から、輸出のメリットが減少し、輸出意欲もなくなってくる

 3)では、どうする?
   1)調達場所を、更に価格差の維持できる場所に変更して行く
     商社は、この様な発想で仕事をしているのでしょうが、考えられる代替地は緯度の低い所しかなく、完全な代替は出来ないし、このような方法を永遠に繰り返して行くことは出来ないのでは?
     南米などを考えることもできるが、生産の管理と輸送には、今まで以上にコストがかかる。
   2)中国に、契約栽培場所を確保する
     労働賃金で優位性を出さないと、契約栽培の維持が出来ないので、結果として価格の優位性は失われる。
   3)国内生産を効率の高いものにして、国産化を図る
     これが、一番まっとうな考え方ですね。
     しかし、規模の拡大、資金の供給、生産物の流通の改革等、解決すべき問題は非常に多く、また過去の柵に引きずられない大胆な改革が必要だと思われます。 まず、農業が農家単位の家業でなければいけない、といった先入観は取り除かれる必要があると思います。

 4)それ以外にも問題はある!
   世界人口が60億から80億になり、生活レベルが上がり肉食が増え、飼料や食物の需要が増え、それに伴い農地の拡大が起これば(塩害などの問題は置いておいたとしても)、生産資材、特に肥料の需要が急増することになります。 肥料の三要素(N、P、K)の内リンは燐鉱石に依存していますが、世界的に見てこの供給場所は限られており、調達価格の上昇は必至だと考えられます。
   持続可能な農業生産を考える場合、食料廃棄物、畜産廃棄物、農業廃棄物等から、肥料の成分を回収し再利用する技術を早急に確率する必要があります。 (洗剤や脂質にも燐が含まれていますので、これらも下水から回収して再利用することを考えるべきでしょう。 洗剤や畜産廃棄物による琵琶湖の富養化が問題になっていましたが、これこそ再利用可能な資源を捨ててしまった結果と考えるべきでしょう)
   農産物は国内で需給を賄うことで、為替や経済状況による価格への影響を抑えることが出きるように思われますが、生産資材や燃料も海外依存度が高いので、こちらも対策することが必要となります。 特に、今まで廃棄されていたようなものを再利用することにより、持続可能な生産を確立する技術は、国内だけでなく世界中で利用できる地球にやさしい技術ですので、この分野でのリーダーシップは日本の将来にとっても重要な物と思います。
   

2008年8月7日木曜日

ブレンダーという職業

お茶やコメでは「ブレンダー」という職業があったはずですが、この人たちは今はどうなってしまったのでしょう?
専門の職業人が、実際の味覚などを確認しながら、色々な産地の物を混ぜ合わせながら「最も美味しくて、最も廉価に提供できる(あるいは利幅の最も大きい物)を作り出す」のがブレンダーの役割です。 結果として、消費者は自分の味覚とか知識に頼る(専門でない個人には限界がある)事無く、適切な価格で、美味しいものを食することができていたはずです。
これが、一面的に「産地表示、XX%以上含まれていないとXX産と表示してはいけない」といった規制の元に、全て消費者の自己責任に任されてしまったように思います。  専門家の目からみれば「これは、XX産と言っても絶対に消費者には分からない」という物は過去の蓄積から十分に承知されていたはずですので、結果として「産地偽装」等は起こって当然なのではないでしょうか?
一時、魚沼産コシヒカリが大量に出回っていた頃には、よく「魚沼って田んぼは4階建てになっているの?」等と冗談をいっていました。 そもそも、安全性が担保されているのなら、何故DNA分析をしなければ分からないような所で、消費者が商品を選択する必要があるのでしょうか?  安くて、安全で、美味しい事が必要充分条件であって、「我が家では、魚沼産のコシヒカリしか食べていません」にどれだけの意味があるのか? そもそも、精米の仕方とか、ご飯の炊き方で味は全く違ってしまうのですから、コメに関して産地を表示してもあまり意味が無いように思います。 (試しに、消費者を集めて、産地当てのブラインドテストをしてみれば分かります。 90%は当らないはずです。 例えば少しモチ米を混ぜたりすれば、本当にわからなくなります)
カバンや装飾品ではない(これだって偽者掴まされる人は多い)のですから、食料品をブランドで売る習慣をやめるべきです。 結果として、本当に価値の高い農産物はもっと高く売れるはずです(価格に敏感な消費者には専門家がブレンドして、相応の価格で、その味を楽しめる商品を作れるのですから)。
自分で判断できないような物に価値を置く消費者の態度が「産地偽装」の温床の一つの原因になっているし、それを助長するような法律を作ったお役所にも責任があると思います。
ブレンダーの方々が、表に出てきて「XXXXのコシヒカリ(原材料:aaaa,bbbb,cccc)」といった商品を出すようにすれば、ブレンダーXXXXさんを信用した、味にうるさいけど価格にもうるさい消費者を掴めるのではないでしょうか? それも、価格競争のツケを生産者に回すことなく。  原産地表示(ほとんど100%でなければ受け入れられない)を義務化することにより、流通の価格競争の皺寄せがダイレクトに生産者に掛かってくることは、食物の生産(時間が掛かる)を考えれば、あまりにも過酷な状態だと思いますし、原価を割った出荷を強いられて農業がどこまで生き残れるのかも疑問で、自分の足を食っている蛸のような状態になっているのでは無いだろうかと心配します。

嘘をつくことが社会的に、もっと恥ずべき犯罪であることを明確に裁判で示すことと、適切な表示の基、もっとブレンドすることの価値を高めることが、農業再生の一つの方策になるのかもしれません。 お役所は責任逃れの刹那的な法律を作るのではなく、大所高所に立って、本当に必要な法律を作ってほしいものです。

2008年8月5日火曜日

自由市場と農業

小泉政権は自律的な経済をめざし、多くの規制や補助を撤廃してしまいましたが、本来的に自由市場を維持するために必要なインフラを整備する事は何もしてこなかったように思います。 (結局は、「ぶっつぶして」しまっただけで、他には何もしなかった、そんな政権に未だに人気があるのには納得が行かないし、そのつけを払わされている福田政権は可哀想な気がします。)
コメの流通市場は存在しませんし、価格情報もリアルタイムでは公開されていません。 これでは、生産者がどこへ出荷して売上価格を最大化するのか決定する自由はありません。 結果として、農家がいくら努力しても、その成果は農家ではなく中間流通が取り込む今の状態になってしまいます。 そして、究極は「産地偽装」ですーこの様な行為が横行するのは、流通の情報が適切に公開されていないからに他なりません。 アダムスミスが成り立つためには、全ての市場参加者が同様の情報を等しく共有している必要があることは常識で、我々の住む世界がそのようになっていないことも事実として認識されていると認識しているのですが、今だに大きな顔をしてテレビなどに良く出てくる経済関係の大学教授さんは、そんなことも指摘して行政を動かせなかった事を恥ずかしくは思わないのでしょうか?
規模の拡大、生産の効率化の追求は自由市場での生き残りの為に必要な事で、この為に農業界は努力して行かなければならないことは事実ですが、流通の情報が不完全なままでは、中間流通が利益を取り込むだけで終わってしまいます。 産地偽装等という「恥ずかしい」行為を排除し、活性化された農業を再生するためにも、行政はもっと市場の形成や市場情報の公開に軸足を移してほしいものです。

2008年7月31日木曜日

WTO交渉と農業問題

伏兵インドのお陰で決裂したみたいで、日本の大臣様にしてみれば「不利な条件を飲まされずに済んで、無事帰国できる」という事でしょうか。 しかし、WTOが決裂しても、別に日本の農業問題が解決したわけでもないので、喜んではいけないのです(いずれ、また同じ問題が襲いかかってくるのです。 その時、同じ大臣をやっていることはないので、今回の2大臣にとってみればよろしいのでしょうが)。
農業の規模拡大というと助成金で誘導する方法が考えられているみたいですが、何か地方の実態を理解していないように思われます。 農家を集約して、規模拡大した生産法人(株式会社)を作れば、資材購入、生産物販売の両面に渡って価格交渉力が備わり、今のような中間流通のマージンが50%以上といった悲惨な状況から農家を開放して、農家の生活レベルを上げる事が出来るのは自明の事であり、日本が農業を存続させる為に、規模拡大が必須であることも自明の事です。 しかし、農家を集約してしまうと、地方には多くの職を失う人が出てきますーそれも高齢の。 また、若年労働層の地方からの流出も増えるでしょう。 結果として、何の対策もなく、規模拡大を農業関連の助成金で進めれば、地方の荒廃に拍車をかける結果となります。 規模拡大ー>失業者の増大を考えれば、農業の規模拡大は、本質的には地方の雇用機会創出の問題なのだと思います。  農水省の小出しの助成金等ではなく、地方の活性化の為の総合的な施策の中で行われない限り実現することは難しい様に思われます。 道州制を含め、もっと明確な地方の役割を定めた上で長期的に事を進めて行く必要があるのではないでしょうか。 一体、どのくらいの政治家がこんな当たり前の事に言及したことがあるだろうか? (情けない日本の政治屋サンたち)。

そういえば、ベトナムはベトナム戦争に勝利してまもなく、何故か中国との国境を越えて戦争を始めようとしました(明確な理由は無かったように思います)。 これって、雇用問題?! 兵隊さんを多く抱える国(中国、ロシア、北朝鮮、、、)は、多分この軍人の雇用をどうするのかが適切に処理できない限り軍隊の縮小は出来ないし、軍隊を抱えていれば、たまには仕事してもらわなければならないので、戦争もしなければならないし、とっても頭の痛い存在となってしまうのですね。 軍隊は発展途上国にとっては、大変便利で簡単な雇用創出手段なのですよね。 でも、それに頼っていると軍隊が肥大化して、抑えられなくなって戦争になる。

そう、全ては 雇用の問題 として考えれば良いのでは?

今週の、カンブリア宮殿(テレビ東京)はすばらしかった。 86〜88歳のおばあさん達がパソコンに向かって、市況情報見たり、昨日までの自分の売上見たり、楽しそうにビジネスしている姿は、何か一つの方向性を示唆している様に思えました。 そう、「明日は、xxxと○○と××と、、、しなければ」と思って床につけることが人間にとって一番大切なのかもしれません。

2008年7月21日月曜日

農業の大規模化

言われて久しいこの課題、一向に解決する兆しは見られません。 何故でしょう?

 1)「俺の畑は、そのうち高値で商業地として売れる」という所有者の意識
  農道の整備が国の助成金で行われると、地域の土木業者が潤い、やがてその農道は、県道、国道へと格上げされ、隣接農地は商業用地として高値で売却される。 それが今までの農業政策の現実だったのではないでしょうか? これは、また地方の税収を増やすという意味において、地域の行政には反対する理由は無いはずです。 また、農地として相続、保有している限り、税率も低く、あまり負担にもならなかったのも事実です。 結果として、「天下国家の食料事情よりも、目先の収入と、目先の税収」が優先され、細切れの農地が散在する現状があるように思います。
  大規模商業施設が田舎に出来ても、誰が買い物に来るのでしょう? その人達の買い物の為の原資は何処から来るのでしょう? 車で遠くから来てくれるようなことは、これからはあまり望めない、とすれば、その近隣に住む人が顧客となるはずですから、その地域の経済の状態によって、この様な施設が出来るか否かは決まるはずですし、大規模施設であっても、大企業にとって撤退は、無い話ではありませんから、大規模商業施設にはそれを支える規模の経済がその地域で継続的に維持されることが必要でしょう。 さもなくば、一部地域に既に見られるように、幽霊屋敷と化した元商業施設のみが放置された、荒廃した田舎の風景のみが残ってしまいます。
  農業の助成金が出ていた頃、田舎はパチンコ屋のオンパレードでした。 (作らないことで収入を得ていれば、必然的に仕事の無い日中の時間を潰す必要があり、その為にはパチンコは恰好の遊び場だった?) しかし、そのパチンコ屋を支える経済規模がそこに無ければ、パチンコ屋も存続は出来ません。 最近の田舎はパチンコ屋さんも減ったと思いませんか?
  長期的な視野での資産運用を適切にアドバイスするような機能が田舎には必要な気がします(幼なじみや、農協の「なあ、なあ気分とは離れて、親身にアドバスできるような」)。 これは、地方自治、いや今の国家運営その物にも求められているのかもしれません。

 2)「先祖代々の土地を守る。 他人には渡すな、という遺言」
  土地の所有制度が確率されたのは明治に入ってからでしょうし、殆どの農家が土地を所有出来たのは第二次大戦後だと思われますので、先祖代々は、高々4ー5世代でしょう。 しかし、この精神的な壁は、そんなに簡単に破れるものでは無いことも事実です。
  従って、所有権を尊重した上で規模拡大を図って行く方策が必要だと考えられます。
  農林水産省は、来年度以降、農地の転用許可に規制強化をして行くつもりの様ですが、1)で述べたように、転用が起こる現場にこの規制強化で潤う人は一人もいない事実から、合法非合法を含め国が意図した通りになるとは思えませんし、国の勝手な考えで地域経済に大きな障害を作ってしまうことにもなりかねず、大いに問題があると思います。
  国は、「農地に農家を縛り付ける」事に労力を使うのではなく、「規模の大きい農業をやれば、それなりに儲かる」為の枠組みを用意して、農家を効率的な農業に誘導する事に労力を使うべきだと考えます。

 3)「国家の品格」としての農業
  今まで(大正時代にも同じようなことがあったようですが)、効率の悪い農業は開発途上国に任せて、ひたすら効率の良い工業立国を指向して来てそれなりの成功を納め、経済大国となったのは事実です。 しかし、このパターンはマハティールのLook Eastを始め、多くの開発途上国の手本となっているのも事実で、「ねずみ講」状態になり始めているのではないでしょうか? 最初を走った日本は良かったけど、いつまでもこれを続けて行けば破綻します。 もう、いい加減貧しい国から、札束でほっぺた叩きながら必要なものを調達してくる、西欧帝国主義的な文化について考え直す必要があると思います。 特に、水資源の乏しい国が途上国として残り、先進国への農産物の供給を担うパターンになりつつあり、FAOの耕作可能農地の面積から見ても、殆ど破綻している考え方です。
  水資源に恵まれている日本は、農業でもっと世界に貢献すべき時が来ていると思います。 (今、基軸通貨がEuroになったら? ドルがいきなり200円/$になったら、60%の食料を海外依存している日本の経済は壊滅的な影響を受けることを想像したことが無いのでしょうか、政治屋さん達は? 円安を喜ぶ株式市場や経営者にも疑問があります。 トヨタも、キャノンも日本から輸出しているより現地生産している方が多いはずで、直接円高が経営に大きな影響を及ぼすようには思えません。 今どき、そのような経営をしていれば、大企業にはなれません。 最近の言動を見ていると、国内の賃金を抑えるために意図的に、過去の円高不況のイメージを利用している様に思われてなりません。)
  戦時国家に人的援助で日本人の犠牲者を出すのではなく、もっと日本人が得意とする分野での世界貢献という意味で、農業技術支援と共に、国内での農業生産の効率化と輸出を真剣に考える時が来ていると思います。
  監督官庁である農水省がGAPの日本版を導入した事が如実に表している様に、「日本の農業は、世界を相手にする必要が無い」と最初から諦めている事が、全てを内向きにしてしまっている様に思えます。  
  嘘でもいいから、「10年後には、日本は政界一のジャポニカ米輸出国になる!」というスローガンを打ち上げて、政策として推し進めて行く気概のある政治家が出てきてほしいものです。


農業規模拡大への方策の提案;
 1)農業法人の株式会社化
  ただし、議決権ある株式と配当の為の株式を分離する。
   議決権のある株式: 法人経営体 4
            資金出資者 3
            土地出資者 3
   とし、 配当は資金と土地の出資者に対してのみ、それぞれの出資割合に応じて行う。
   すなわち、分配利益の50%を資金出資者の間で出資割合に応じて分配する。 土地出資者に対しても同様。

  通常の株式会社と同様、予算、決算に付いては議決権を有する株主の33%以上の合意が必要とし、経営方針や実績に対して問題があれば50。1%以上の同意で、経営者を解任することが出来る。 (予算,決算には当然、作付け作物と予想収入、従業員、法人役員の報酬、利益の配分ー内部留保もふくめーが含まれる)

  これにより、土地や資金の出資者が当事者として法人の経営を監視することが出来、またその経営が不適切であれば経営者を交代させることも出来、自分の収入に対して(地代という固定的な収入としてではなく)責任が発生することにより、土地所有者が勝手に離脱することにより、法人経営が成り立たなくなることを回避することが出来ます。
  個人的には、現在の農業法人がなかなか大きくなれないのは、法人のみがガンバり,地域社会と遊離してしまっていることにも問題があると感じています。 地域を支える物、地域の雇用を支える物、地域経済を支える物として、もっと地域と協力融和して行かないと、長期的には難しいでしょうし、その為の一定の利益配分も必要でしょう。

 2)規模拡大によるメリット
   資材購入コストの低減
     規模拡大により、大量購入とメーカからの直送が可能となり、流通コストとエネルギー消費の低減に繋がる。
   販路の独自開拓と価格の決定権    
     漁業者(70%が流通コストとして取られている)ほどでないにしても、40ー50%と考えられる中間流通コストの削減とともに生産物に対する生産者の責任の明確化が図れる。
   固定費の低減
     更なる大型機械の導入と効率化が可能となる
   リスク分散
     作付け作物の分散、多角化により、気象変動や相場によるリスクの低減、及び作期の短い作物の栽培を平行して行うことにより、Cash flowを改善できる。

 3)出資者が経営に参画することのメリット
   当事者意識をもって経営に参画することにより、農村地帯に「経営」という考え方を啓蒙することが出来る。 結果として、自己利益だけの為に離脱するような行為が行い難くなると共に、長期的視野での資産運用を考える習慣も身につけることができるようになる。 また、農業経営を今までと違った見方をすることが出来、より効率的な経営を協力的な環境で構築して行くことが出来る。
   (田舎には共同体意識が存在する様にいわれていますが、本来利己的な存在の人間が、共同作業を必要としていた昔の村社会には、厳しい規律でこれを維持していた歴史があります。 しかし、現在の村社会ー特に都市近郊ーでは、この様な文化は殆ど廃れてしまっており、村社会は会社人間などよりも利己的な存在で、これが規模拡大の大きな障害になっているように思われてなりません。 これを、解消する為には、「協力して一つの目標に向かうことにより、必ず自分の生活が良くなること」を経験してもらうことだと考えます。)

 4)問題点
   この様な企業経営を担うことの出来る人間が、農村地帯にいるか?
    農業の新規参入障壁は、設備投資とCash Flowを考えると極めて高いので、既存の農家が、経営的手腕を持った人を雇うなどしない限り、かなり難しいのかもしれません。
   会社として、法的に問題は無いか?
    議決権と、株式を切り離した株式会社は自己矛盾しているので、このままでは問題があるのかもしれません。
    しかし、資本金と土地の価値をどのように評価するのか? は大変難しい問題です。 特に土地の価値は、そこからの収益が上がれば変動してしまいますので、どこまでいっても公平な配分公式を見出すのは難しいのではないでしょうか? 
    どのようにしたら実現できるのか? 可能性はあるのか? については???

2008年7月14日月曜日

農薬取締法と農薬適用表

分かりにくい農薬のラベル表示
農薬取締法に基づき、農薬として販売される物には必ず、適用表が表示され、「適用作物」「使用時期」「使用量」「使用上の注意」等が示されています。また、この表示には「適用のある物は全て表示する」という制約があります。 輸送上の効率化や、農薬の機能の向上により、農薬は少量化が進んでいますが、結果として製品ラベルの表示領域が小さくなっており、また、PL法への対応等により注意事項も増えているために、実際のラベルは使用者が十分に読んで理解するような状態になっていない様に思います(実際、昔ラベルの記載内容のチェックをしたことがありますが、眼鏡をかけて、思いっきり明るくしないと読めませんでしたー高齢化が言われている農業者対象の物としては些か問題があるように思います。)
農薬取締法の目的から; 
 「農産物の消費者への安全』 ーーーーーーー> 「適用作物」「使用方法」「使用時期」と「使用量」
 「生産者(農家)への効能の担保」 ーーーーー> 「対象病害虫雑草」「使用方法」「使用時期」「使用濃度」
 「生産者(農家)への問題(薬害等)の回避」 ー> 「対象作物」「使用方法」「使用時期」「使用濃度」
と同じ「使用時期」一つを取ってみても、その目的とするものが複数あり、それを同時に満たしている必要がある事がわかります。

現在登録のある4311農薬の実際に使われている表現の種類数について調べてみると;
適用作物   :1,169
使用方法   :1,087
使用時期   :2,375
使用濃度   :1,437
適用病害虫雑草:1,413

ありました(句読点の違いなども含めて、異なるものの種類を集計)。

ここで「適用作物」を見てみますと、2008年7月時点で1169通りの表現があります。 また、最近、マシン油の薬害で問題になった「果樹類」や「樹木」といった大雑把な表現や、「なばな類(ただしなばなを除く)」と言った理解し難い表現があります。 この適用表を理解する為には元になる、作物残留基準の為の作物の分類表を理解している必要があります。 現在、新しい作物残留基準に合わせて、「適用作物」の表現が変更されつつあるようですが、残留基準ベースで、全ての適用可能な作物を適用表に入れることは、適用表が煩雑になり難しいと思われますが、使用者が理解できる何らかの中間的な分類が必要なのかもしれません。
また、消費安全技術センターから提示されている「登録に使用すべき作物名」では、実際に登録のある非食用の作物でも見つからない物が多く、あくまでも、農作物の消費者への安全をベースに作られたものだと理解されます。 この点、この表も現実の農薬登録に合わせて、拡張するなり整理するなりする必要があるように思います。
また、「果樹類」「樹木」「花木」「花卉」等大括りの適用作物表現の場合、ここでの使用の可否の判断は、あくまでも作物残留基準からの判断であり、薬害などの問題については言及していないと理解しておく必要があります(薬害は、適用作物だけでなく「使用時期」や「使用濃度」によっても変わります)。 これを間違うと、長野のマシン油でくるみの木を枯らしてしまうようなことになります。

 目的の違う事項が混在している事が、それぞれの項目の表現の種類を必要以上に多くしていることは理解できますが、この際、当事者である国と農薬メーカは「使用者(農家)が使いやすいー理解できるラベル」を実現するために、大幅な整理・改善をすることが必要なのではないでしょうか? 分かりにくいラベルも農薬を敵対視する世論を醸成する要素の一つだと思われます。 使用者の利便性の為ではなく、行政や農薬メーカの責任逃れの為のラベルだと言われてもやむを得ない状態だと思います。

 また、農薬の適用表ばかりでなく、適切な使用方法などを説明する補助的な手段として、もっとWEBを積極的に利用してメーカが死蔵している多くのデータを積極的に発信する必要があると考えます。 農薬メーカ各社がホームページで自社製品の適用表などを掲示している事は承知していますが、農家の「今、キャベツに虫が付いているんだけど、来週には出荷したいが、どんな農薬が使えるのか?」といった最もありそうな質問に答えられるようなものは、少なくとも無償では存在しないように思います。 出来れば、メーカ横断的に使える農薬と使用方法等が一覧表示され、個別の農薬をクリックするとそのメーカが提案するその作物へのその商品の上手な使い方や使用上の注意などが表示されたりすると、とっても役に立つのではないかと想像します。

 そんな、私の考える「役に立つWEB」を 「農薬・農業情報サポート」 に作って見ました(尤も、「上手な使い方」は私が書くわけには行きませんので、リンクが張れるようにして、口を開けて待っている状態で、夢半ばではありますが)。

2008年7月10日木曜日

農薬取締法(つづき)

前の、農薬取締法の「生物試験はメーカに任せろ」は、多分既存の財団法人とか、社団法人とか公務員の再就職先の問題で反対する人が多いのだと思いますが、これらの既存機関の本当の使命をもう一度考える必要があると思います(必要がない、ということではありません)。
元々、これらの機関は「試験法の統一」「試験の品質の向上と平準化」等を使命として作られてきたはずです(これ以外に、民から官へのお金の移動の為の機関という役割もありましたが)。 そして、この機能は現在今日でも依然として重要な物だと考えられます。 ただ、対象を官の試験研究機関だけではなく、民の試験研究機関にも拡張すれば良いだけです。
ここ10年の試験の品質を考えると、大変劣化していると思います。 メーカであっても、社内の基準はあっても、技術レベルの向上には他社との交流や、公開の場での客観的な評価が必要だと思います。
 そこで、提案。
 試験研究機関(生物試験)の評価基準を策定し、それに照らして、1〜3年に一回査定を行い、認証する、認証制度を設ける。
 この認証を得た研究機関のデータのみが、登録の取得の為のデータとして使用することが出来る。
 これら認証された機関が作成したデータは、従来どおり、公開の場での評価討議の対象とし,そこでの最終総合評価が登録内容に反映される。
 試験研究機関に付いては、公的、民間をとわず、認証を取得した機関とする。(これにより、認証取得機関の間での試験品質は保たれるし、全体としての向上にもつながる。 逆に、参加していないと、取り残される)。
 認証と試験成績討議、評価には、一定の経費を負担してもらう。 etc....

ま、全体として、生物試験のISO9000見たいなイメージで、認証機関としての「日本植物防疫協会」「日本植物調節剤協会」をイメージしています。 (何故,この二つが要るのか、一つではダメなのか? は、色々あるので、対象外とします。)